How smile!を探して。


by mrmina

カテゴリ:ココロのコトバ( 11 )

前回の続き。
会話と関係性は、ひいてはコミュニケーションへとつながっていく。

「おいしくないよ」「ごめんね」「でも食べられるよ」
この初々しい!?2人のやりとりは「おいしくない料理」について
会話が続いている。

ところが
「おいしくないよ」に対して
「そんなハズはない!」「自分でつくれば?」というやりとりでは
恐らくそこで会話は途切れることが想定される。
もしくは大喧嘩か。。。。

これがコミュニケーションなのである、ということだ。

また、こんな話も聞いた。
「怒ってる?」という彼女の問いかけに
「怒ってない」と応える彼。

さて、どんな態度や口調で「怒ってない」と言っているか、
言葉だけをたどれば「怒ってない」彼だけど、
見るからに怒っている態度で「怒ってない」と言えば
それは「怒っている」のだ。

「本当に怒ってない?」
「怒ってないってば、しつこいな」

きっと彼女は二の句が続かないだろう。
ここで2人のコミュニケーションは絶たれることになる。

会話とは「事の事実」と「気持ち」の2つの側面を伝えることなのだ。
聞き手も話し手も、何気なく理解していることだけど、
こうして改めて聞いてみると「なるほどなぁ」と思う。

感情を持つヒト故の難しいところであり、
醍醐味でもあるのだろう。

でも、恐れずに、じゃんじゃんコミュニケーションを図ってみたいと思う。
誰彼構わずという訳にはいかないけど。。。
[PR]
by mrmina | 2006-10-24 16:52 | ココロのコトバ

想像してください

新婚ホヤホヤの晩御飯。

あなたは旦那さんのために一生懸命、ご飯を作りました。
でも、ちょっと失敗しちゃいました。
作り直す時間もないし、他の材料もないので、あなたはそのまま出すことにしました。

旦那さんが帰ってきて、ご飯を食べ始めたとき、旦那さんがこう言いました。

「これ、ちょっと美味しくないね」

さて、あなたは何て返事をしますか?
男性の場合は、あなたがそう言った時、彼女が何て言うか考えてみてください。



とある女子大学教授の講座を受けたときの質問である。

この質問を、女子大生にした時と、
市民講座などでベテラン主婦(と敢えて言っておこう)にした時と、
その回答には歴然の差が出るそうだ。

女子大生の回答は8割がこんな感じだそうだ。

「ごめんなさい、失敗しちゃったの」

「そうか、仕方ないよね、でも食べられるよ」と旦那さんの返事も好印象。

さて、一方のベテラン主婦の方々の返事はというと、、
「そんなはずないわよ!」
「だったらご自分で作ってお食べになったら?」
「一切ムシ」
となることが多いとか。。。。

そして、ベテラン夫の意見はというと
「そんなこと、怖くて言えない」というのが殆どだそうだ。。。。。

実はこれ、コミュニケーションに関する講座の一コマ。
会話は相手との「関係性」に起因するということだ。

相手との関係性を改善したい場合は、やっぱり会話を続けること、
会話によってコミュニケーションを取っていくことが大切、、ということなのだ。

ちなみに、私の回答は・・・・
「あ、やっぱり?」
う~ん、ビミョーな感じである。。。
[PR]
by mrmina | 2006-10-21 20:30 | ココロのコトバ

諸行無常

と言えば、平家物語の冒頭文。

祇園精舎の鐘の声、、で始まるこの一説は、学校でも嫌というほど暗記させられた部分だ。

ところが、最近になって、私が学んできた解釈は実は間違っていた、
のかもしれないということが判明した。。

大ブームが去って、やっと読み始めた「バカの壁」を読んで「あれ?」と思ったのである。

私はずっと、こう思っていた。
「世の中の事、万物のものは常ではない」
つまり、あらゆることは絶えず動いて流れていくものである。。。。と。

で、おごれるものは、、、と続いていくのだと思っていた。

しかし、バカの壁にはこう書いてあった。

「鐘の音は物理学的に考えれば、いつも同じように響く。
しかし、それが何故、その時々で違って聞こえてくるのか。
それは、人間がひたすら変わっているからです。」

つまり、変わるのは人であって、世の中のこと、万物ではない、というのである。

むむむぅ。
これは目からウロコの出来事である。

もちろん、その前後の文章を読めば、その解釈も納得なのだが。

人はどうしても人間中心にモノを考えてしまうけど、
こうしてチョット視点や立場を変えることによって、
ものの捉え方は如何様にも変わるのだ。

古典を読み直してみるのも、面白そうである。
[PR]
by mrmina | 2006-06-15 18:07 | ココロのコトバ

有言不実行の迷!?告白

「オレさ~、すっごい好きなんだよね」

突然、真顔でそんなことを言われたらドキドキする。
思いを寄せてる相手だったら余計に。

「オマエと一緒にいる自分のことがさ~」

・・・・・

「オマエのことを好きっつうかさぁ~~~わっはっは」


かな~り若い頃に告白!?された言葉なのだけど、
私はそんな風に自分のことをサラッと言ってのけた彼をスゴイと思った。

最後の1フレーズがなければ最高だったんだけど。。

結局、常に一緒にいる相手ではなくなってしまったけど、
そして年を重ねた今だから思うことなのだけど、
そんな風に物事に接することができたらいいと思う。

そんな風に自分を思うことができたら幸せだろうな~って、今は思う。

忘れかけた記憶は、新たな発見と発想を伴って
時々、ふっと心に舞い降りてくることがある。

ちなみに、照れ隠しでも何でもない。
彼は本気で「そんな自分が好き」だったのである(本人談)。
[PR]
by mrmina | 2006-05-26 00:24 | ココロのコトバ

ココロのコトバ

更新しました。

戦うカラダへの応援メッセージを
数少ない!?友人の皆さまから頂戴しました。

弱気の時に投げてくれるココロのコトバは
本当に染み入ります。

おかげさまで、ひとまず、
カラダは踏ん張りぬいたようです!

サクラサク!
[PR]
by mrmina | 2006-04-04 23:41 | ココロのコトバ

ココロのコトバ

更新しました!

人は不安をベースに生きている・・・

といわれて、私は不安要素をずら~~~っと並べる事ができました。
トホホ。

悟りの境地には程遠し。
[PR]
by mrmina | 2006-03-07 18:22 | ココロのコトバ

ココロのコトバ

少しプライベートな話ではありますが、
私は「夢」にとても興味を持っていました(寝るときに見るほう)。

小学、中学、そして高校と多感な時期に見た「夢」は
当時の私にとってはとても印象的で、翌日はいつも
「何を訴えてるのか?」と必死になって考えていたものです。
同じ夢を毎回見ることもありました。

それがきっかけで「心理学」というものを知り、
少しだけ専門的な勉強もしました。

結果的に、その道を極める仕事には就かなかったけれど、
やっぱり人の心や気持ち、感情の行方には関心があります。

そして、最近になって、
タケル先生はじめ、その道に詳しい人たちがほんの少し私の周りに増えました。

チョット難しい専門的な知識でも、
知っておくと自分にとってラクになることもあります。

私のボキャブラリーでは追いつかないことも多々ありますが(ーー;)
ココロのコトバとして表現できたら、、とコーナーを設けてみました。

が、housmileとは少々内容が異なることもあり
別アドレスで少し専門的に展開してみようと思います。
(エキサイトブログにリンクを貼りました!)

ちなみに、志を指す「夢」も、
今後もでっかく持っていきたいなぁぁ・・・と思います。
[PR]
by mrmina | 2006-02-27 19:53 | ココロのコトバ

見えないものを想像する

今年の抱負は「ホンモノに触れる」と大見栄きった2006年。
偶然?にも、ホンモノに触れる機会があった。

それはパントマイム。

それまでの私は、よくあるイベントの1種として行われる
「大道芸」の域を超えないパントマイムしか見た事がなかった。

適度に驚き、適度に笑い、「あぁ面白かった」と言ってその場を去る。
コインを入れる人たちもいる。そんなイメージしか持っていなかった。

ところが、である。

先日、ふとした事がきっかけで
「カンジヤママイムさん」の舞台を見たのだがこれがスゴイ。
(って、こういうとき、どうしてもボキャ貧になっちゃうなぁ)

驚きも、笑いも適度なんかでは済まされない。
すべてが真剣そのものなのである。
終わったあとの感想も、ボキャ貧になってしまうくらいである。

そして、カンジヤママイムさんのパフォーマンスを見て
初めて知ったパントマイムの面白さ。

「見えないものを想像する力」だ。

私は生物学も何も知らないところであえて言うけど、
「想像力」ってヒトの特権だったりすると思う。
でも、いつの間にか、違う方向に使ってしまいがちな力でもある。

根回しやら、水面下やら、想定内やら、想定外やら・・・
そんなことに想像力を使いがち。

たまたま先日は、子供たちに向けてのパフォーマンスだったのだけど、
その子供たちの素直すぎる反応といったら・・・。

でも、気づくとそんな自分も吸い込まれるように
「そこに無いはずのモノ」が見えていたのである。

カタチはもちろん、硬いか柔らかいか、重いか軽いか、
色まで見えたりするからビックリ。

パントマイムであそこまで笑えたのも初めての経験だろう。
同時に「自分にもまだあったんだぁ。。。想像力」とホッとする。

今度はぜひ「大人向け」の舞台を拝見したいと思っている。
自分の想像力に再会するためにも。。。
いや、再確認するためにも・・・

ちなみにカンジヤママイムさんのHPはコチラ
[PR]
by mrmina | 2006-02-20 19:57 | ココロのコトバ

気を緩める

あまり良い意味で使われないような気がする「気を緩める」ということ。

ケガをしたり風邪ひいたり、不注意があったり。
そんなときに「気が緩んだんじゃない?」とか「気を緩めるなよ!」とか、
聞く言葉のように思う。f0036924_0222974.jpg

気を緩めるとは一体どういうこと?

本コーナー監修!?のタケル先生は
スポーツ科学を専攻していたこともあるのだが、
「心理活動は筋肉活動に共通していることがある」そうだ。

アスリートなどが持ち合わせる、いわゆる「良い筋肉」とは
弛緩と緊張の触れ幅が大きい筋肉・・・・
つまり、力を抜いたときに柔らかく、力を入れると硬くなる筋肉を言うとのこと。

そして、このことはヒトの心理活動にも言えるのだそうだ。

f0036924_0254091.jpg適度な緊張感は、ココロに「ハリ」を与えるだろうし、集中力にもつながるかもしれない。
もちろん、四六時中、ずっと緊張を強いられると壊れてしまうので、適度に弛緩、つまりココロを緩めることも必要なのである。

緩む力がないと縮む力が出ない筋肉と同様に、
ココロも緩んで緊張して、を繰り返し、その幅を広げていく事が
より安定した状態を保つコツにつながっていくような気がする。

しかし「気が緩んだ」「気を緩める」と言うと、
どうもマイナス面が強調されるように感じる。

ところが、これが「リラックス」という言葉に置き換わるとどうだろう?
途端に響きの良い、誰もが切望!?している状況をさす言葉に代わる。

この2つは、根本では同じことを言っているのにも拘わらず、である。

今度から、風邪をひいたら
「あぁ、リラックスしちゃったなぁ」と言ってみようかと。。。。
心持はずいぶん違うかもしれない。

phto by Miss.M
[PR]
by mrmina | 2006-01-31 00:27 | ココロのコトバ

カラダあってのココロ

緊張と弛緩を繰り返すと、いい筋肉ができると聞いた事がある。
それはどうやらココロにも言えることのようだ。

やっぱりココロとカラダはつながっている・・・と思うのだけど、
このコーナー専属!?のタケル先生に言わせれば

「身体が元であって、心は副産物に過ぎないという捉え方がより正しい」
ということだ。
f0036924_2346778.jpg
ココロが副産物!?と思ってしまう私だが、
「身体で心は操作しやすいが、逆は思うほどうまくいかない」と聞くと、なるほどなぁ、、と思ってしまう。

スポーツした後の気分は爽快だけど、いきなり「よし、爽快な気分になろう!」と思い立つことはまずないし、爽快になろうと思ってスポーツをすることも少ないだろう。

お風呂や映画、それこそデートや仕事も、そうかもしれない。

「考える」ことと、そこから生まれたもの(そのすばらしさはもちろん否定しないが)はあくまで「生き物」としての人間があってのこと。
と、タケル先生。

カラダを動かせば、それについてくるココロがあり、
休めば、それに伴うココロがある。
そうして、緊張と弛緩を繰り返しココロも鍛えられていくのだろう。

そう考えると、落ち込む気分というのは、カラダは健康なのかも。
じゃないと、そんな落ち込む余裕なんてないし。

ってことは、カラダは元気だからそのうち何らか動き始めて、
そうしているうちに落ち込んだ気分も変わってくる。

健康な体は、ココロを鍛えるには必要なモノだ。

が、しかし。今年の冬は寒い。。。。。。。。負けそう。。
[PR]
by mrmina | 2006-01-19 23:51 | ココロのコトバ